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 刈屋地区で梨栽培がはじまったのは明治時代。いまから110年ほど前のことです。
 刈屋地区は日向川と荒瀬川の合流地点にありますが、この2本の川は昔はよく氾濫したのです。そして、その度に鳥海山から運ばれてきたブナの養分を含む豊かな土壌が堆積し梨栽培に適した刈屋の土壌が出来上がりました。
 昔は梨に限らずいろんな果物を作ったようなのですが、土壌が肥沃すぎて果実が腐ってしまったりしたそうです。土の表面は私達が手を加えることが出来ますが、土壌の深部の基本的な部分は変えることは出来ません。ですから、栽培できる果樹も限定され、その試行錯誤の中でこの土地に梨が向いていることを発見したのでしょう。
 現在では刈屋地区で44名の生産者が35ヘクタールの耕地で梨を育てています。
 
 仕事が終わることはなく1年中かかりっきりといえばそうなのですが、敢えて言うならば梨づくりのスタートは枝が立った時点でしょうね。枝が立った時点で作業をスタートしないと剪定の時にはすでに枝が立ち終わって、枝を這わせたり等の細工をすることが出来なくなってしまうからです。
 作業の中でもっとも気を使うのは、花粉交配です。当たり前ですが受粉をしなければ梨はなりません。丈夫な花をきちんと咲かせてしっかり受粉させるということが大事なのです。
 交配作業は綿棒を使い手作業で行っています。機械も使ってはいますが受粉の幅が手でやるよりも広いので交配させたい花以外にも受粉させてしまうので人の手で交配作業を進めています。
  交配作業では咲いた花全部に受粉させるわけではなく、2箇所に1個ぐらい受粉させるのですが、一つの枝から6〜8つ咲いた花の中から花粉をつけるのによい位置に咲いている花を確保しないとその後の梨の大きさも違ってくるし、梨の格好も変わってきます。
 なかなか手間のかかる仕事で、以前は親戚一同で作業しておりましたが、最近は時間の確保が難しいためシルバー人材センターなどにお願いしています。
 「幸水」に比べて「豊水」は酸味があり、梨を作る側から見れば糖度の高い「幸水」よりも先に出荷できるのが理想ですが、果実が熟す時期というのはこちらの自由にはなりません。そのような理由で出荷時期も8月中旬から9月中旬と早く、糖度が高く食味の良い「幸水」が全生産量の6〜7割を占めています。その次が「豊水」となります。
 幸水はとても息の長い品種です。通常20年ほどで次の品種が現れて切り替わるのですが現状では幸水を上回る品種が出てきていません。刈屋は朝霧が無く、日照時間も安定しているので網を掛けないで栽培することででき、その結果味に差が出ます。昨年も刈屋の梨は評価が高かったと聞いています。
 糖度などの数値は他の梨と比べてとくに高いというわけではないのですが、食味に違いがあるのです。刈屋の梨は食べた後口の中に甘さが残ります。けれども決してしつこくはなく、この甘さが食欲を誘うのです。それが刈屋梨の最大の特徴です。
 刈屋の梨を食べると他の産地の梨が食べられないという人がいます。毎年、観光地も何もない刈屋に梨を買うためだけに日本全国からお客さんが来てくれたりもします。逆に言えば刈屋には梨しかありません。大袈裟ですが梨が無くなったら刈屋もなくなってしまうといってもいいでしょう。それくらい、この刈屋地区と梨は切り離せないものなのです。
 一生懸命さは他の産地に絶対負けません。梨の代わりに何かを作るという考えはなく、どこまでいっても梨づくりを残したいと思っています。