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ホーム知る山形んまいもの探しの旅「ペロリンが行く」 > Vol.42:ホタルの里を訪ねて

高校生がフレッシュな感性と斬新なアイデア・発想で、新作スイーツにチャレンジ!

夏の夜空にキラキラと輝く☆満天の星☆、なんてロマンチックペロ〜! でも、それにも負けないくらいきれいな地上の天の川(!?)が見られると聞いて、僕は今回、尾花沢市の牛房野(ごぼうの)に出かけるペロ〜。

四方を山に囲まれた牛房野地区は、とっても自然豊かで「ホタルの里」として知られるところペロ。地区の人たちが長年、ホタルの棲む環境を大切に守っているんだって。

そして、尾花沢といえば甘〜い「すいか」とこだわりの「そば」。暑〜い夏もこれを食べれば、僕は元気もりもりペロね!

山形の夏を盛り上げる「花笠音頭」も、なんと尾花沢の徳良湖が発祥の地と言われているペロ。さぁ、今日も盛りだくさんのペロリン旅に出発するペロ〜ン♪

2015.7.7取材 取材地:尾花沢市

牛房野の宝「ホタル」を守りつづける、故郷を愛する心と地道な活動

尾花沢の中心から北東へ7qほど車を走らせて牛房野に到着。ん〜、空気がん〜まいペロね!深呼吸していると『牛房野川のホタルを守る会』会長の宇野宏さんが「ペロリン、ようこそ!」って声をかけてくれたペロよ。

さっそく「ホタルはどこで見られるペロ?」と尋ねると、「牛房野川の川岸で、毎年6月下旬から7月10日頃まで見られるけど、今年は1週間早くて、もう終わってしまったんだよ」って。ガッカリする僕に、宇野会長がホタルのことをいろいろお話してくれて、僕もニッコリ元気になったペロン!

地区をあげてホタルの棲む里をつくろうと『守る会』を発足。

自然環境に恵まれた牛房野では、もともと夏が近づくとホタルがたくさん発生して、「子どもの頃は蚊帳(かや)の中に入れて遊んだ」と宇野会長。ところが、昭和50年代になると、牛房野川の河川改修工事や生活排水、農薬の空中散布などが原因で、いつの間にかホタルの姿が消えていたペロよ。
 それが10年以上たって、また少しずつホタルが見られるようになったことから、地区をあげてこの豊かな自然を守り、ホタルの棲む里をつくろうと、平成7年に『牛房野川のホタルを守る会』を発足したんだって。

活動は「ホタルを守るには、まず川をきれいに…」と、地区の人と子どもたちと一緒になって牛房野川を清掃。堤防の草を刈ったり、川沿いのホタル観賞ロードに花を植えたり、周りの環境美化にも努めているペロン。
 いまでは、ホタルが乱舞する様子を見ようと県内外からホタル観賞に訪れる人で毎年大にぎわい。地区の人たちの故郷を愛する心と地道な活動が「ホタルの里」を守っているペロね。僕も来年こそ、ホタルを見るペロロ〜♪

尾花沢の気候風土と栽培農家の愛情から生まれた「すいか」は日本一!

ホタルの里・牛房野地区は、全国的にも有名な「尾花沢すいか」の産地でもあるペロ。すいかを栽培している牛房野地区の地区長・佐藤孝雄さんを訪ねた僕のお腹、いや目がキラリ! 収穫にはまだ少し早いけど、すいか畑に案内してもらったペロ〜。
 牛房野ですいかがつくられるようになったのは40年ほど前から。昼と夜の寒暖の差が大きい尾花沢の気候風土がすいか栽培に適していたこと、昔は盛んだった養蚕が衰退したことから、すいか栽培がはじまったんだって。

佐藤さんのすいか畑は全部で85アール。1,800本の苗を4月の中旬から、4〜5日おきに6回に分けて植えたんだって。その理由は、一度に全部は収穫できないので時期をずらすためで、「ひと夏に6,000個くらい収穫するよ。それでも尾花沢では少ないほう」と聞いてビックリしたペロね〜!
  収穫したすいかは、JAみちのく村山の選果場へ。そこで、すいかの形や大きさがチェックされ、さらに糖度、コンピュータによる打音検査で中の空洞まで検査。ABCのランクと、重さによってSから6Lまで分けられて、県内はもちろん東北・関東・中京・関西地区へ出荷されるペロ。

「すいかには1個ずつ生産者の名前の入ったシールを貼るので、おいしいすいかをつくらないと消費者に信頼されない」と佐藤さん。栽培農家がプライドをもってつくっている尾花沢のすいかは、やっぱり日本一だペロ〜ン♪

JAみちのく村山尾花沢営農センターすいか部会の牛房野班は、いま9人。

7月中旬から8月のお盆過ぎ頃までがすいかの最盛期ペロね。

おいしいすいかの見分け方は、縞模様がくっきりと、等間隔で入っていて、ツヤのあるものとおしえてくれたペロよ。

これは、すいかの花。僕、はじめて見たけど、大きなすいかからは想像できないほど小さくてかわいい花ペロね。

佐藤さんからすいかが届いたペロ〜♪

わ〜い! この前おじゃました尾花沢の佐藤孝雄さんから「ペロリン、食べてね」って大きなすいかが届いたペロ〜♪
なんと僕の顔の倍くらいあるビッグサイズ。佐藤さん、ごちそうさまペロ〜ン!

真っ赤に熟したすいかをパクリ。シャキシャキして、みずみずしくって、と〜っても甘いペロ〜! ペロリと全部食べちゃったペロよ♪

徳良湖の築堤工事で歌われた「土搗き唄」から「花笠音頭」が誕生!

お祭り大好きな僕は毎年、山形の花笠まつりが楽しみ。ヤッショ〜♪マカショ〜♪シャンシャンシャン♪ 花笠音頭が聞こえてくると踊りたくなるペロ〜! その花笠音頭の発祥の地と言われている徳良湖に行く前に、ちょっと勉強したペロよ。

大正時代の初め、各地で開田工事が盛んに行われていた頃、尾花沢の町議で、いまの徳良湖のところに原野を持っていた煖{常太郎氏が、ここに貯水池をつくり、その水で開田しようと築堤を計画。大正8年9月に着工し、大正10年5月に周囲約2.7q、深さ約5.6m、約230haの水田に灌漑できる貯水池として完成したのが、現在の徳良湖なんだって。

重労働の土搗きをする仲間に、
笠で風を送ったしぐさが花笠踊りに!

煖{常太郎氏のお孫さん・煖{徹哉さんに、この徳良湖の築堤工事から日本を代表する民謡・花笠音頭が誕生したお話を伺ったペロ。
 土堤を築く工事は完成まで足かけ3年、延べ7万人もの人夫が働いた大工事。山を削り土を運び出すのも、土手や湖底を固める「土搗き(どつき)」も、作業はすべて人力だったそう。土搗きは、重さ60sくらいの石に10本の綱をくくりつけ、一人1本ずつ綱を持って力いっぱい引っ張り、石を浮かせ、綱をゆるめて石を勢いよく下に落として土を搗き固める作業ペロね。

土搗きで綱を引くとき、全員の息を合わせるために「ヨイショマカショ」と掛け声をかけた。この作業を10数回繰り返し、ひと息入れるときに歌ったのが土搗き唄で、これが花笠音頭の元唄になったペロン!
 そして花笠踊りは、土搗き唄に合わせて、仲間たちに日よけや雨よけのためにかぶっていた菅笠で風を送ったしぐさがもとになっているペロ。よ〜し、今年は僕もダイナミックな笠回しを覚えて踊るペロ〜♪

徳良湖畔に建つ築堤の記念碑。隣には煖{常太郎氏の胸像もあるペロ。

地元の発展に力を尽くした祖父・煖{常太郎氏の思い出を語る煖{徹哉さん。

地元産「最上早生」を使ったそばが自慢の『おくの細道 尾花沢そば街道』

徳良湖の周りを散歩して、僕はもうお腹ペコペロ。おいしいおそばを食べようと、『おくの細道 尾花沢そば街道』の会長・高橋晃治さんのお店で、一番所の「手打ちそば たか橋」さんにやって来たペロ。
 そば処・山形県の中でも、特に尾花沢は県内有数の栽培面積を誇るそばの産地。そこで、高橋さんは平成8年にそば屋・栽培農家・消費者で『ゆう遊三味会』をつくって、そばの勉強会をはじめたそう。地元産のそば「最上早生」にこだわった、そばの郷づくりをめざしたペロね。

このとき陰で力になってくれたのが、以前酪農を営み、徳良湖近くに広大な牧草地を持っていた煖{徹哉さん。その土地を、「最上早生」を栽培したいという『ゆう遊三味会』に無償で貸してくれたペロよ。
 平成11年に尾花沢市内のそば屋が集まって『そば街道』をスタート。いまでは尾花沢のそば栽培農家全部が「最上早生」を栽培。『そば街道』の店11軒すべて地元産の「最上早生」を使っているペロン♪

素材にこだわって、手間隙かけたそばづくりを守りつづけている『そば街道』各店のそばは、県内外から大勢のそば好きが訪れて大人気。「これも煖{さんに借りたそば畑からはじまった」と高橋さん。おじいさんから受け継いだ地域に貢献する志≠ェ、また尾花沢の発展を支えたペロね〜!

『おくの細道 尾花沢そば街道』一番所の「手打ちそば たか橋」。

「おいしいそばを提供するために、種からこだわっている」と高橋晃治さん。

前の年に収穫した尾花沢産最上早生を雪室に入れて貯蔵した「雪中熟成そば」は、甘味とあじわいが増して、ん〜まいペロ。

毎年10月の最終日曜日には、徳良湖温泉「花笠の湯」特設会場で「尾花沢新そばまつり」が開かれるペロよ。

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